対立軸によってものごとの本質が見えてくる?

ひと昔前ならば「楽天VSライブドア」、そして今は「フジVSライブドア」。やっぱりいろいろなものごとをみるときに単純明快な対立軸を設けたほうが議論が面白いし、議論がしやすい、ということなのでしょうかね。会話の中で少し保守的な、或いは人情的な発言をすると「あなたはフジ派?」とかんぐられ、革新的なことをいうと「ライブドア派」となる。少し前だと「白い巨塔」の登場人物を見立て「あなたは財前派(保守・権力)?或いは里美派(理想・正義)」なんて対立軸がありましたね。やはりそれぞれ極端ではありながらも2つのアイディアを戦わせることでより高次のアイディアが出てくるための「踏み絵」なのでしょうか。つい自分の意見・考え方はどっちかな、と改めて意識していまう今日この頃です。
docomo
ちなみに約2年間使っていたボーダフォンの携帯から本日ドコモFOMAに変えました(しばらくは併用しますが)。この間友人が、「僕はアンチ巨人と同じように、長いものに巻かれるイメージがあるドコモはいや」と話していたことが印象的で、自分も少なからずそう感じていたところもあったけれど、一方で食わず嫌いでいたところも認め、本日からうまれてはじめてのi-modeデビューです。昨日書いたけれど、国際交流などから学べるものがあるとするならば、他者を認める考えを持つということ。いろいろな人のアイディアにふたをするのではなく、やはり見て触って感じてみる。その上で判断をすればいいと思う‐。少し強引な結論だけれど、携帯を変えるという1年以上暖めていた決断、今日やっと出来て嬉しかったです。